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「息子よ」読みました。。

韓流
03 /26 2011
パクちゃんのオンマが書いた「息子よ-真実のパク・ヨンハ」を読みました。

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オンマは「オ.ヨンラン」さん。
ヨンランさんが生まれた時から、旦那さんとの馴れ初め、結婚に至るまでのこと。
パクちゃんのヌナ「ヘヨン」さんのことやパクちゃんのことなど細かく書かれていました。

特にタイトル通りパクちゃんのことがたくさん書かれていました。
子供時代から亡くなるまでの間のパクちゃん。

両親の愛をたっぷり受けて、優しい人だったようです。

報道されたことで本当は違っていたということも書かれていました。

「IMF危機」で受けた経済危機の親の借金をパクちゃんが返したっていうのは本当だったようです。
総額の金額が間違って報道されていたそうですが、総額3億ウォンだったそうです。。
当時のお金でも大きなお金ですね。。

日本では「冬ソナ」でブレイク。
日本でブレイクしてるといっても韓国ではどういうことかあまり実感がなかったようです。
パクちゃんが日本に行って、初めてその様子を実感したようです。

歌も上手いパクちゃんは歌手としての活動も始めた。

友達のパク・クァンヒョンやパク・ヒョシン、トンのジェジュンのことも書かれていました。
もちろんジソのことも。。

ジソとはまだ俳優としての仕事も少なくお金に苦労していた頃から、お互いに苦楽を共にしてきた間柄。
二人でパクちゃんのアパートに集まって飲み明かしていたそうです。
二人は親友でありながら、俳優としてのライバルでもあり、お互いに切磋琢磨しながら友情を培っていたようです。

日本での活動が活発になってる頃、ジソが「ミサ」で大当たり。
「良い役に恵まれて、同じ俳優としてちょっと悔しいと感じるくらいハマリ役だ。俳優としてもこれからの可能性を感じさせてくれる役だと思う。僕もそんな役に巡り会えたらいいけど・・」
っと・・

日本での活動が活発になれば韓国での仕事ができなくなる。
日本が嫌というわけではなく、韓国人としては韓国で仕事をしなければ、母国で忘れられるのではないかという不安がいつもあったらしい。。

それはパクちゃんに限らず、韓国の人ならだれでも考えることだと思う。
韓国で売れてこそ、外国でも頑張ろうって気にもなるだろう。。

日本で大きな会場やツアーで回るぐらいコンサートもし、足を運んでくれるファンもいてありがたいと言っていた。

兵役が免除になってバッシングされたことは意気消沈したそう。。
本人は行く気になっていて髪も切っていたのに、そういう決定をされたのだから。。

その後、「オンエアー」で5年ぶりに俳優として復帰。
「作戦」とう映画にも出て、日本でのツアーも成功。
「ザ・スリリングショット~男の物語」にも出演。

役者として韓国で活動するようになった。
念願の韓国での俳優活動ができるようになって喜んでいたと思う。

その矢先、アッパの病気が発覚。
アッパの病気のことも末期の胃癌で余命6か月の時にパクちゃんだけが知ることになった。。。
家族はあと3か月というときに知る。その間、パクちゃんがずっと看病していたらしい。
最初、誰にも言わず自分一人でお父さんのことを受け止め、看病をして辛かったと思う。

パクちゃんとお父さんはとても仲が良かったらしい。
元々、芸能関係の仕事をしていたお父さんは個人事務所の顧問としても手伝っていたらしい。
パクちゃんもいろいろ相談に乗ってもらっていたそう。

途中、パクちゃんが少し太った時があったけど、いつもは食事の管理をしているけれど、お父さんの看病をし出して病院で出される食事を全部食べるようになって太りだしたらしい。

入院費についても間違った報道をされていたみたい。。

個人事務所になって一緒に仕事をしていた人に会社のお金を持ち逃げされたこともあった。
でも訴えることをしないで、「これからは仕事で償ってほしい」と言ったそう。。
お金のことよりも信頼する人がまた一人いなくなったということが辛かったそうです。

お父さんの病気のこと、持ち逃げ事件。。
いろんなことが重なった。。

でもこのことで会社が傾くようなことはなかったそう。
車は大好きだったようで、車にはお金をかけていましたが、むだ使いもしてなかったそう。。

お母さんは今も息子の死が信じられないよう。。
いろんな憶測がありましたが、どれもピタッとあてはまるものではない。
亡くなった朝にパクちゃんが飲んだ漢方薬のパッケージがそのままになっていた。
これから命を絶とうという人が健康を気遣って漢方薬を飲むだろうか?

前日に「死にたい」と誰かにもらしたという話もありますが、本当はどうだったのか?
本当のことは天国にいるパクちゃんにしかわからないことだけど。。

お母さんも本の中でパクちゃんは自ら命を絶つような人ではなかったと書いています。
自分がいなくなることでいろんなスタッフに迷惑をかけてしまうっていうことも理解していたはずだし、
アフリカの子供たちへのボランティア活動もしていて、「自分は幸せだ」といつも言ってたみたい。

いろんな憶測には惑わされないでほしい書かれています。

私もパクちゃんは本当は死ぬつもりはなかったんじゃないかと思っています。
勝手な想像だけど。。

亡くなる前のインタビューを読んでも、日本でのツアーに対しても意欲的な様子がわかる。。

パクちゃんが亡くなった日、「ごめんね、ごめんね」と泣きながらお父さんの足をもんでいた。
その姿をみたお母さんがパクちゃんが泣いている意味を聞いてあげたらよかったとか、あの時代わりに自分が看ていたらパクちゃんはこういうことにならなかったんじゃないかと自分を責めてみたり。。

パクちゃんが亡くなって、東京国際フォーラムで献花式が行われました。
たくさんのファンの人が来られて、感謝の気持ちでいっぱいだったそうです。

でもその間にまた災難が。。
事務所にあったはずのものが事務所からごっそり無くなっていたそうです。

盗まれたものは段ボール箱40箱分。
パクちゃんに関する資料や写真、会社の書類等。。
パクちゃんが亡くなった後、身近で支えていてくれていたはずのスタッフの仕業。
防犯カメラにもその様子が映し出されていた。

お母さんは献花式の準備に忙しくされている時に娘さん夫婦がこのことを知ったそうですが、動揺してはいけないと隠されていたそう。。

なんとか盗まれた荷物を取り戻されたそうですが、それがすべての物かどうかもわからないらしい。

家族のように接していたスタッフの裏切りは本当にショックだったと思います。

こんなことではパクちゃんも浮かばれないと思います。
信頼してた人に裏切られることほど辛いことはない。。。

お父さんも亡くなって、お母さんと娘さん夫婦でパクちゃんが残してくれたものを守っていきたいとのことでした。

ジソもこのことを知っているでしょうね。。
きっと胸を痛めていると思います。

私は「冬ソナ」でパクちゃんを知りましたがミニョンに嵌り、パクちゃんは役的にしつこい役だったのであまり
興味はありませんでした。
その後、ジソを好きになって、パクちゃんが親友だということで少し注目するようになりました。

コンサートには行ったことありませんでしたが、歌はたまに聞いていました。
歌も上手かったですね♪

TV番組で見ましたが、甥っ子のチソン君もすごくかわいがっていた。
可愛くて仕方ないって感じでした。

本の最後に書かれている最後のインタビューを読んでも、未来のことを考えていることがわかるし、お父さんの病気のことも受け止めてることもわかる。

この本を読んで、少しパクちゃんのことがわかったような気がします。

優しいいい人だったのに、本当に残念。。。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

これからもパクちゃんのご家族が幸せにすごされますようにと祈ります。。


この本の構成を担当された大橋美貴子さんのブログ。
★大橋さんのブログ

★息子よ


パクちゃんが世界中の辛い人、戦争や地震、自然災害とかで辛い思いをしてる人に自分たちが力を出して、力を届けようということを込めた歌。
「TOMORROW」



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「最愛の人」


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アップ主様、お借りしました。
ありがとうございました。


歌声を聞くと泣けてくる(。>0<。)ビェェン
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コメント

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うう・・・。

なんて優しい声v-406
ジソの映像と重ねると、胸がつまって。
人柄も歌声同様優しかったはず。
あれからもう9ヶ月も経つなんて・・・。
お母さんが書いた本は読んでないけど
どんなに辛かったかでしょう。

それにしてもスタッフの裏切りは信じられない。
優しい人にとっては、あまりに辛い世界なのかも><;
ジソは大丈夫かな・・・。

ぼけちんさん^^

パクちゃんは家族の愛情をいっぱいもらって、優しい明るい人でした。。

家族愛が強い人だったから、お父さんが大好きだったから、辛かったと思う。。

信頼してた人の裏切りはほんとに悲しい。。
亡くなってからもこういうことがあると、お母さんは二重に辛かったと思う。。

歌を聴くとウルウルしちゃう。。
まだ信じられないね。。

chiki

蘇志燮、B'z、X JAPAN、BIGBANGが好きです♪ヨガや楽しいこと大好き♡